デジタル技術をユーザーフレンドリーにするためには、デザインの力が欠かせません。表層的な部分のみならず、サービス全体のデザインから携わり、さらにそのナレッジを共有していくことでよりスマートな課題解決に結びつけられます。
デザインの公共性を共有
デジタル庁では、Figmaのデザインプラットフォームなどの各種ツールを導入し、誰一人残されない、人にやさしいデジタル化に取り組んでいます。ここでは、Figmaが主催「デザイン経営2023」カンファレンスから、デジタル庁 サービスデザインユニットのマネジャーを務める鈴木伸緒氏講演内容を抜粋し、行政におけるデザインの役割についてご紹介します。

イントロダクション
日本の行政サービスのデジタル化を推進する組織として、2022年に発足した『デジタル庁』。そのミッション「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を。」のもとに、省庁や自治体をまたいだデータ連携や、デジタル技術を用いた安全で効率的な行政サービスの提供を目的に活動しています。

デザイナーをトップに迎えたデジタル庁
デジタル庁の組織の特徴として、大臣の下に『デジタル監』という役職が置かれています。現場の指揮を行う事務方のトップにあたるデジタル監を務めるのは、同庁立上げの際にチーフデザインオフィサー(CDO)であった浅沼尚氏です。デザインの知見を持つ人材がトップに立つことで、課題解決のための『問い』がより深まるのだと鈴木氏は語ります。
「戦略・組織/デジタル社会共通機能/国民向けサービス/省庁業務サービスという4つのグループを横断する形で、『サービスデザインユニット』というデザインの専門家集団が各プロジェクトに携わっています。プロジェクトにおける課題の解決策の導き方には、事業の構造を変える、テクノロジーの力を使う、顧客体験を改善するなどのさまざまなアプローチがあります。デジタル庁ではデザイナーがデジタル監直下というレイヤーにいることで、デザイナーが関与できる幅は非常に広く、特に体験面で課題をどのように解決するのか、という問いを立てることができる点において存在価値を発揮しています。」

サービスデザインユニットの役割とは?
では、デジタル庁のサービスデザインユニットは、実際にどのような役割を果たしているのでしょうか。
「まず1つめは、各サービスにおけるデザインの推進・伴走です。リサーチや課題・ゴール設定、アクセシビリティ向上など、今までカバーできていなかった部分にデザイナーが入り、それぞれのサービスのクオリティを底上げしています。例えばワクチン接種証明書アプリや、政策ダッシュボード、マイナポータル実証α版などがこれにあたります。

もう1つ重要なのが、組織全体におけるサービスデザイン基盤の整備です。行政のサービスは400以上あり、すべてにデザイナーをアサインするのは現実的ではありません。個々のサービスで得たトライ&エラーを共有、仕組み化していくことで、個別の行政担当者やパートナー事業者が参照できるツールとなり、自走するための手助けとなります。事例としては、2023年末に公開したデザインシステム、アクセシビリティ導入ガイドブックなどが挙げられます。

このように個別に伴走するプロジェクトと共通化するプロジェクトを両輪で走らせ、全体の仕組みをより良くしていくことを目指しています。
行政にはいわゆる競合がありません。ビジネス上隠さなければいけないことが少なく、むしろ広く知見を公開していくことで、社会全体を前に進めるサポートができます。この点は、行政でデザインにかかわるおもしろさのひとつでもありますね。」
検証と改善を重ねるプロセスへ
これまでは規制やシステム上の制約の中でサービスを展開する『守りの姿勢』で行政サービスがつくられることが多く、重厚長大な仕様からアップデートが難しい状況でした。しかしこれからはユーザー起点での思考が必要であり、スタートのタイミングから明確に価値を定義し、サービスをつくりあげていくことが求められています。この点においても、サービスデザインという考え方が必要になってくるのだと鈴木氏は語ります。
「プロジェクトを進めるうえでプロセス自体も見直しました。今までになかったリサーチ、アイディエーション&プロトタイプ、アクセシビリティレビュー、UI画面作成、コンセプトテストなども行い、『小さく始めて、課題を取り込みながら進める』ということを重視しています。

フィンテックや認証システムにも共通しますが、行政サービスは後戻りができません。α版の段階で9割程度は課題を洗い出しておかないと、β版に進んだときにすべてつくり直し、という最悪の事態に陥ってしまう可能性もあります。戻れるポイントの前にしっかりと検証し、スモールスタートでPDCAを回しています。」
デザインを最大化するために、輪を広げる
行政にデザインを根付かせるためには何が必要なのか、鈴木氏は次のように述べています。
「まず行政におけるデザインには、大きく分けて『顧客が触れる部分のデザイン』『行政サービスのデザイン』『政策のデザイン』という3つの領域があります。
1.顧客が触れる部分のデザイン
デジタルプロダクトのUIなど、使う人が見たり、感じたりする部分のデザインを指します。
2.行政サービスのデザイン
組織や仕組み、システムをデザインします。一般的にサービスデザインを呼ばれるところです。業務オペレーションを知り、実際の仕事の流れを理解したうえでプロダクトにどう落とし込むかを考えます。
3.政策のデザイン
利用者目線で課題解決をするために、政策立案を行うことを指します。例えばオスロ市の公共自転車シェアリングシステムでは、住民とのヒアリングをもとに、サービスデザイナーが生活者視点での課題を提言としてまとめ、法令や規制変更に関わっています。
1と2は私のような民間出身のデザイナーもその経験を活かせますが、3の『政策のデザイン』まで担うためには、行政出身者の関与が欠かせません。デザインの輪を広げ最大化するめには、行政出身者がデザインを扱えるようになることが重要です。これは専門的なデザインの知識を習得するという意味ではなく、デザインのマインドを行政出身者が理解するということです。
その一環として、行政向けのデザイン研修を実施しました。こういった研修の受講者は通常100人程度であることが多いのですが、参加者は約800人。それほど業務にデザインを活かしたいと考えている人は多く、今の時代に求められているものなのだと実感しました。デザイナーがファシリテーターとなり、組織にデザインというカルチャーを根付かせることも、ひとつの大切な役割です。専門知識ではなく『考え方』としてデザインをとらえ、さらに深く知りたいときに知る手段を用意しておく必要性を感じています。」

行政にかかわるデザイナーとして心掛けたい3か条
最後に、行政におけるデザインを最大化していくために、鈴木氏が心掛けているポイントをご紹介いただきました。
「まず、初めて直面する目の前の事象にフィルタをかけず、そのまま受け止めること。実際に起こっている事象は多面的ですが、つい自分の経験からバイアスがかかってしまいがちです。以前の環境ではこうだったが、行政ではこうなんだ、と素直に受け入れながら物事を進めていくことをおすすめします。
次に、デザイナーが複数の視点・情報という水を運ぶコミュニケーションハブとなること。横断組織という強みを活かし、複数の視点や情報を共有していくことで、デジタル庁全体の体験となることを目指しています。
そして、デザインの価値を誰かに委ねず、自分たちで定義していくこと。『これはデザイナーの仕事ではない』とラインを引くのではなく、仕事の形やプロセスにこだわらずどこにでも入っていくことが大切です。結果的にそれをやった人がデザイナーだった、という状況をつくらなければ、デザイナーが本当にやりたい仕事は回ってきませんから。
デザインの力で国民一人ひとりの暮らしをより豊かに、快適にするために、これからの行政サービスをつくっていきたいと考えています。」




